画像加工や生成AIについて整理しておきたいこと。守りたい「手描きの体験」のうちわけ

こんにちは、原からかです!

この記事ではちょっとだけ真面目な話をさせてください。

そろそろ時代的に熟考を避けて通れない、生成AIに対する原個人の考えです。

最近、生成AIや画像加工の技術って本当に、とんでもないスピードで身近になりましたよね。スマホひとつで、写真を綺麗に整えたり、雰囲気をガラッと変えたりできる時代、到来。

数年前では考えられなかったぐらい、違和感なく整えられるようになってきました。ちょっと前までは矛盾だらけのものを出力して笑いのネタだったのに、凄まじい進化っぷりです。

こういう新しい技術そのものは、原も歓迎したいと思ってます、ガチで。人間を楽にするために生まれて進化してくれてるのだから、ありがたいな〜っと思ってます。

ただ、パステルアートの図案を作って受講者様にお届けする立場としては、講師が扱う「画像の役割」について、きちんと言葉にして整理しておきたいなと思った次第です。

これは技術を否定するお話ではなくて、原が図案を通して「絶対に守りたいもの」のお話です。

目次

原の図案が届けている「体験パッケージ」の正体

原の図案作品って、実は「完成した一枚の綺麗な絵」だけをお届けしているつもりはないんです。

「この道具を使って、次はこう塗って…」というステップごとに、「あ、ここ楽しい!」とか「うわ、綺麗に色が乗った!」と感じてもらえるように、めちゃくちゃ検証して作っています。

自分の手を動かして、目の前で作品が広がっていく時間。そして、不揃いなところがあっても「私にも描けた!」って実感できること。

この「手を使って作業を楽しむプロセス全部」が、原からか図案のパッケージなんです。

AIには「手が動いた手順」の想像力がない

じゃあ、完成した写真をAIで補正したり、加工したりすることの何が問題なの?

それは「どちらが綺麗か(つまり優劣)」の話ではありません。

問題は、AIには「その結果(絵)の背景にある手順への想像力がない」ということです。

AIは「この絵がどんな手順で、どんな画材の制限のなかで描かれたか」を知りません。

膨大な学習データをもとに、世の中で「一般的に受け入れられやすい形(平均値)」へ自動的に寄せようとします。

うん、すごく綺麗、可愛い、整っている。ただ…

その結果、原が「ここを楽しんでほしい!」と配置した体験のポイントが、意図せず書き換えられてしまうんです。

たとえば…。

型紙がいらない手軽さが消える

型紙なしでサクッと描けるように組んだ図案なのに、AIの補正によって「あれ?新しく型紙を切らないと、この線やグラデーションは出せないぞ?」という見栄えになってしまう。

手間を省いた工夫が逆転する

初心者さんでも負担なく描ける手順にしているのに、手描きでは絶対に入らない微細な線や陰影が自動で足されてしまって、「難しそうな作品」に見えてしまう。

こだわりの表情が消え

あえてシンプルにしていたり、細かく描き込んでいたはずのキャラクターの表情が、AIが学習した「よくある顔」に平滑化されて、本来の意図と違う印象になる。

講師である原が「こう描くのが楽しいかな」と足し算引き算して作った「体験の設計図」が、AIの自動処理を通ることで、まったく別のカリキュラムに変わってしまう。

それが、一番避けたいことなんです。

【趣味で楽しむ方へ】発表した画像は「公式の看板」になる

「私はレッスンを開くわけじゃないし、趣味でSNSにアップするだけだから、少し見やすく整えてもいいよね?」 と思う方もいるかもしれません。

でも実は、「原からかの図案を描きました!」とSNSに出た時点で、その画像は良くも悪くも「原からか作品の公式なイメージ」として周りに受け取られます。

「ちょっと見やすくしよう」という軽い気持ちであっても、AIの補正を強く通した画像が一人歩きしてしまうと、それを見た別の人は「これが原先生の図案なんだ」と思うかもしれません。

「この手順を踏めば、こういう絵が描けるんだな」と誤解されることもありえます。

その「実物とのギャップ」に対する説明責任は、すべて原案者である私に戻ってきてしまう構造なんです。

それに、これから「描いてみたい!」と思ってくれるかも知れない未来の生徒さんに対して、再現しづらい高すぎるハードルを見せてしまうことにもなります。

お互いの手で描いた作品を純粋に「いいね!」って鑑賞し合うためにも、同じ看板を背負っているんだな、という意識を少しだけ持ってもらえたら嬉しいです。

【講師として活動する方へ】募集画像は「生徒さんとの約束」

そして、原の図案を使ってご自身の教室でレッスンを開いてくださる講師の方に向けて考えをお伝えしますね。

生徒さんを募集するときの見本画像は、ただの集客用の写真ではなく、生徒さんに対する「体験の約束」です。

AI加工によって、原がレクチャーした手順ではたどり着けないビジュアルになった画像で募集をかけることは、提示するカリキュラムと完成形が一致しないということです。

せっかく来てくれた生徒さんの「描けた!」という喜びを削がないためにも、見本画像は「実際の体験」とイコールで結ばれている必要があります。

どこからがNG?「公開」と「個人利用」の境界線

じゃあ、一切の加工を試しちゃいけないの?というと、そんなことはありません!

  • 自分だけで楽しむ場合(スマホの中、ご自宅に飾る等): AIを使って「こういう雰囲気にしたらどうなるかな〜」と遊んでみるのは完全に自由です!試して楽しむことに制約はありません。
  • 人に見せる場合(SNS投稿、募集、宣伝等): 外に向けて発信・共有した時点で、それは公的な著作物の扱いになります。この場合は、原案の設計図(意図)が変わってしまうような強い加工やAI利用はご遠慮ください。

(※明るさ調整や、写真を見やすくするための自然な色味補正などはもちろんOKです!)

要するに、やってもいいけど人には見せないで、ということです。

ちなみにこの基準は、原からか個人のものです。人によっては「そもそもAIの学習元として使われること自体をNGとする」ことも大いにあり得ます。

他の方については、必ず講師ごとの指針を確認することをおすすめします。

手で描く楽しさを、そのまま手渡していくために

いろいろと書きましたが、この考え方は「あれもこれもダメ!」と縛るためのものではありません。

ものづくり系の講師が大切にしている「手が動く瞬間の楽しさ」や、パステルアートの温かみを、ノイズのない純粋な状態でお互いに守っていくためのセーフティネット、と考えています。

これからも、描く人も、見る人も、教える人も。みんなが同じ安心感のなかでパステルアートを楽しめるように、原個人としてはこの方針で運用していきたいと思っています。ご協力をよろしくお願いします!

※具体的な「やっていいこと・お控えいただきたいこと」のルールについては、こちらの

原からか図案作品の画像加工・生成AI利用についてのページにまとめてありますので、一度目を通してみてくださいね。

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