原からかこんにちは!原からかです
パステルで絵を描いてると、絶対言われたことある褒め言葉、これじゃないですか?
かわいい!癒やされる〜
そう、「癒やされる」。
実はこのセリフ、聞くたびにちょっとだけ違和感あります。別に「癒やされてないでしょ」とか「癒そうと思ってない!」なんて話じゃないですよ〜。
ただ、不思議な表現だなって。
なんでか詳しく話しますね。
絵自身が単独で癒やすわけではない(当たり前)
まず、例えば原の作品を見た誰かが原に「癒やされます」って伝えてくれたとします。
まずは、とっても素直に嬉しい♪



いやん ありがとう♡
ただ、その次に必ず思うのが…
でもそれ、別に原の絵があなたを癒やしてるわけじゃないんだよ!
ってこと。
だってさ、万人が万人、あるものを見て同じように「癒やされた」と思うわけじゃないじゃん。ある人には全然刺さらないかもだし。好みや状況で「受け取り方」が違うのは当たり前。
だけど、「癒やされた」と言う人がいる。それって
私は自分のために心地よいものを選ぶ能力があって、
その審美眼でこれを気に入りました
っていう宣言の言い換えだと思うんだよね!
つまりは、自分自身のための環境を選ぶのがうまい「整え上手」みたいな。
「癒やされた」と言えるということは、
・自分の状態を感知できている
・それに対して適切な環境を選択できている
・その結果を言語化できている
だから、原は「癒やされました」って言ってもらうたびに心の中で



あなたが、自分の感受性に沿ってものごとを選び取る能力がある人ってことだよ
と称えてます(拍手)。
いちいち言うと変な感じになるから言わないけどさ笑
「癒やされる」の内実は、受動ではなく能動
自覚的でもそうじゃなくても、自分のために何かを選び取るって凄い能力だよね。自分を心地よくする選択が出来るってことだから。
紅茶を選ぶ、散歩コースを決める、選択肢がある時どれを選び取るかはその人の能動によるもの。受動じゃない。
だから「癒やされる」という表現自体は受動的だけど、実態は「私は自分の機嫌を取ってます」という能動的な営みよね。
それが言葉にしたときに例えば「からか先生の絵に癒やされてます」になってるだけ。



めっちゃすてき。
頭の中は、それぞれが独立自治領
だから、もし仮に「今から私のことをあなたの作品で癒やしてください」っていう人が現れたら、裸足で逃げます笑
(そんな人は居たことないけども!)
「感じ方、受け取り方」はその人その人の中だけの「自治領」だからね〜。そこを誰かが替わりに治めてあげるなんて無理な話よ。
その人だけのお花畑に、どんな球根を植えるのかはその人自身が選ぶこと。
原が柵を超えて耕して植えられません笑
頭の中は、それぞれが独立した自治領。感じ方や受け取り方は、その人の内部で完結しています。外部から直接統治することはできません。
だから私は、誰かを癒やす人ではなく、誰かが自分を整えるときに使える条件のひとつでいたい。
これ言うと「は?」となるかもだけど、「環境」
さらにいうと「装置」になりたいんだよね。
あなたの「選択肢のひとつ」になりたい
原のショップで24時間365日いつでも好きなときに取り組んでもらえるよう、デジタル化した講座を販売してるのは、そんな理由も大きいです。
自分のために何かを選びたくなった人のために、当たり前の選択肢になれたらいいな。



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